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名古屋地方裁判所 昭和62年(行ウ)11号 判決 1988年10月31日

原告

豊 國 志 な

右訴訟代理人弁護士

岩 本 雅 郎

織 田 幸 二

被告

名古屋中村税務署長

鈴 木 鹿太郎

右指定代理人

秋 保 賢 一

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六一年一月二七日付でした原告の昭和五九年分所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分(ただし、異議決定により一部取消し後のもの。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の昭和五九年分所得税に関し、原告のなした確定申告、更正の請求、異議申立て及び審査請求、被告のなした更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件処分」という。)及び異議決定並びに国税不服審判所長のなした審査裁決の経緯は、別表(一)記載のとおりである。

2  しかしながら、被告の本件処分(ただし、異議決定により一部取消し後のもの。以下同じ。)は、原告の所有に係る別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の譲渡代金を訴外小川孝光(以下「小川」という。)が横領したことによる損失の雑損控除(所得税法七二条)を否定し、原告の所得を過大に認定した違法なものである。

3  よって、原告は本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実は否認する。

3  同3項は争う。

三  被告の主張

1  原告は、昭和五九年一〇月二一日ころ、訴外相羽幹夫(以下「相羽」という。)に対して本件土地を売却した(以下「本件売却」という。)が、これによる原告の長期譲渡所得金額は、別表(二)記載のとおり金五〇五万八〇三〇円である。

2  右長期譲渡所得金額から特別控除額(租税特別措置法三一条三項)金一〇〇万円及び別表(三)記載の所得控除額を各控除した原告の課税長期譲渡所得金額は、金三四二万八〇〇〇円となる。

3  右課税長期譲渡所得金額に租税特別措置法三一条一項一号に規定する税率一〇〇分の二〇を乗じた所得税額は金六八万五六〇〇円であるから、本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1項の事実は認める。

2  同2項の事実は争う。

後記のとおり、原告の課税長期譲渡所得額は、被告の自認する控除額の外に、小川による横領額が雑損控除されて算出されるべきものである。

3  同3項は争う。

五  原告の反論

1  原告は、大正三年三月一六日に出生し、尋常小学校卒業後、昭和五六、七年ころまで和裁を仕事とし、現在は、同人の妹である訴外豊國なつ子(以下「なつ子」という。)と二人で生活している者であるが、同五一年五月三一日、交通事故にあって以来、めっきり物覚えが悪くなり、この数年は、昨日のことも忘れてしまう状態で、難しい計算や物事の判断をすることは困難である。

2  なつ子は、昭和六〇年一月ころ、被告から原告あてに「不動産譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面が届いたのを見つけ、原告に本件売却の詳細について問い質すことをしないまま、被告の担当者の指導に従い、別表(一)記載のとおり譲渡所得の確定申告をした。

3  しかしながら、原告は、本件売却による譲渡代金五五〇万円全額を小川の欺罔手段により横領されたものであり、右金額は、譲渡所得金額から雑損控除されるべきものである。すなわち、

(一) 小川は、昭和五九年九月初めころ、前記のような状態にある原告に対し、訴外豊田商事株式会社(以下「訴外会社」という。)から純金を購入し、これを訴外会社に預託することにより高利回りの利殖ができる旨虚偽の事実を述べて、いわゆる「純金(白金)ファミリー契約」(以下「純金契約」という。)の締結を勧誘し、その代金に充てる目的で、原告から同人所有の土地を売却し、譲渡代金を受領する権限を付与され、本件土地外一筆の土地の権利証を預かったので、ここに「原告ノ物」を「占有」する関係を生じた。

(二) 小川は、その部下である訴外斉藤某を使って、本件土地を金五五〇万円で相羽に売却し、昭和五九年一〇月五日ころ、同人から手付金として金一〇万円の交付を受け、そのころ、同金額を自己のために着服、費消し、横領した。

(三) 次に小川は、本件売却による代金をもって、昭和五九年一〇月一七日に一〇〇〇グラム(代金二三七万九六〇〇円相当)、同月一八日に一〇〇〇グラム(代金二三七万二四六〇円相当)、同月二三日に二〇〇グラム(代金四七万七六八〇円相当)の純金契約を各締結させ、右代金合計金五二三万九七四〇円を訴外会社に入金した。

しかし、訴外会社は純金契約に見合う純金等を購入することはなく、また、これを運用して利益を挙げることもないので、右純金契約が公序良俗に反するものとして無効であり、かつ、訴外会社の社員であった小川らに対し、訴外会社が高額の歩合給を支払う旨の給与支払契約も同様に無効であるというべきであるから、小川は、相羽から受領した譲渡代金を原告に交付すべき法的義務が存するというべきところ、小川は、右違法性及び本件売却による譲渡代金を純金契約の代金として訴外会社に入金すると高額の歩合給の支給を受けるという因果関係を十分に認識しながら、前記譲渡代金を訴外会社に入金したものであるから、右行為は、不法領得の意思の実現行為(歩合給が小川の領得分、その余が訴外会社の領得分。)と評価することができる。

(四) さらに小川は、昭和五九年一〇月三一日ころ、譲渡代金から純金契約の代金を控除した残金一六万〇二六〇円を自己のために着服、費消し、横領した。

六  原告の反論に対する認容

1  原告の反論1項のうち、原告が大正三年三月一六日に出生したことは認めるが、難しい計算や物事の判断をすることが困難な状態であったことは否認し、その余の事実は知らない。

2  同2項のうち、被告が、昭和六〇年一月ころ、原告に対して「不動産譲渡内容についてのお尋ね」と題する書面を送付したこと、なつ子が原告に代わって名古屋中村税務署に来署し、担当者に相談の上、別表(一)の記載のとおりの確定申告をしたこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は知らない。

3(一)  同3項(一)のうち、小川が原告に対して純金契約の締結を勧誘し、その代金に充てる目的で、原告から同人所有の本件土地を売却し、その譲渡代金を受領する権限を付与されたことは認めるが、その余の事実は否認ないし争う。

(二)  同3項(二)の事実は否認する。

(三)  同3項(三)のうち、小川が、本件売却による譲渡代金をもって、前後三回にわたり、純金契約を締結させ、その代金合計として金五二三万九七四〇円を訴外会社に入金したことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(四)  同3項(四)の事実は否認する。

七  被告の再反論

1  国税通則法は、所得税の申告内容に過誤があることを理由として更正の請求をなし得る場合を制限的に列挙し(二三条一項各号)、かつ、請求者側においてその過誤の存在を明らかにすることを要求している(二三条三項、同法施行令六条)こと、納税者が自己の責任において申告書を提出した以上、一種の禁反言の法理が働くものと解されること、また、所得税法七二条一項の雑損控除は、租税債権の権利障碍事実と考えられること、雑損控除に係る事実は、納税者側の支配領域内において発生し、その主張、立証は納税者において容易になし得ること、これらを総合すれば、本件においては、原告が雑損控除に係る事実の主張、立証責任を負担すべきものというべきである。

2  所得税法七二条は、「居住者……の有する資産について災害または盗難若しくは横領による損失が生じた場合において……」と規定しているが、右の「横領」とは刑法のそれと同義であり、かつ、同条の規定する損失の発生原因は限定列挙であると解される。このように同条において横領のみが掲げられ、詐欺、恐喝が加えられていないのは、いずれもその成否の判定が微妙かつ困難であるなど税務執行上の問題が多い上、横領が、災害、盗難と同様、所有者などの意思に基づかない損失であるのに対し、詐欺、恐喝が瑕疵が存するとはいえ所有者などの意思に基づく財産の交付ないし利益移転行為による損失であり、その性質を異にするからである。

3  およそ、横領罪の構成要件は、自己の占有する他人の物を不法に領得することであり、一定の目的、使途を定めて受託された金銭については、受寄者が右目的、使途以外にこれを処分する場合に限って横領罪を構成するのであり、受寄者が委託の趣旨に従って定められた目的、使途に応じた処分をなした場合は、不法に領得したことにならず、横領罪を構成しないことは明らかというべきところ、小川が、本件売却による譲渡代金を純金契約の代金に充て、訴外会社に入金した行為は、原告の委託の本旨に沿ったものであり、横領罪に問擬されるものではない。すなわち、

(一) 原告は、昭和五九年当時、通常の財産管理能力を有し、純金契約の締結についても内容を理解した上で、資金を投入したものであり、判断能力が極度に低下していたことはない。このことは、次の事実からも明らかである。

(1) なつ子は自らの退職金及び給料の管理、保管を原告に任せていたこと。

(2) 原告は、資金の運用による利殖に関心を持ち、新聞及び会社四季報を読み、自ら株式の売買を行ったこともあること。

(3) 日常生活においては、原告が銀行から年金を引き出しては生活費に充てていたこと。

(二) また、原告は、当初から本件土地の譲渡代金を純金契約の代金に充てる目的で小川に本件土地の売却とその代金による純金契約の締結を委託したものであることは、次の事実からも明らかである。

(1) 原告は、昭和五九年六月上旬ころ、訴外会社の社員から利殖を目的とした純金及び白金の購入の勧誘を受け、以後同六〇年二月上旬ころまでの間、右購入契約を繰り返していたこと。

(2) 原告は、右契約を締結した際には、純金などの現物の引渡しに代えて、原告及びなつ子名義で、同五九年六月六日から同年一二月二三日までの間、訴外会社から預かり証として、いわゆる「ファミリー契約証券」の交付を受けていたこと。

(3) 原告は、本件売却による譲渡代金を純金契約の代金に充てた際にも、右契約証券の交付を受けていること。

(4) 原告は、本件売却後である同五九年一二月二三日、さらに三〇〇グラムの純金契約(代金六七万九七二五円相当)を締結していること。

4  いわゆる豊田商事事件について、その取引の犯罪性、違法性が様々に議論されているが、一般には出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(出資法)違反、刑法の詐欺罪、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)の不公正取引、訪問販売等に関する法律(訪問販売法)違反、商品取引所法違反などとして論じられており、横領をもって問擬するものは見当たらない。

現に、原告らも訴外会社や小川を相手に損害賠償を請求すべく準備した訴状の請求原因において、詐欺あるいは出資法違反の事実を主張するにとどまっている。

八  被告の再反論に対する認否

1  被告の再反論1項は争う。

2  同2項は争う。

横領は、所有者らの信頼関係に基づく委託行為が介在しているのであって、詐欺、恐喝と区別する理由に乏しく、刑法上も横領罪は他の二罪より刑が軽い。

3(一)  同3項(一)のうち、(1)ないし(3)の各事実は認めるが、その余は否認ないし争う。

(二)  同3項(二)のうち、(1)ないし(4)の各事実は認めるが、その余は否認ないし争う。

4  同4項は争う。

訴外会社の社員の行為は、詐欺罪を構成するとともに同時に横領罪に該当する場合がある。

第三  証拠<省略>

理由

一本件処分に至る経緯及び原告の長期譲渡所得金額について

請求原因1項及び被告の主張1項の各事実は当事者間に争いがなく、また、所得税額を算出するにつき原告の右長期譲渡所得金額(金五〇五万八〇三〇円)から特別控除額(金一〇〇万円)及び別表(三)記載の所得控除額(金六三万円)が各控除されるべきことは被告の自認するところである(被告の主張2項)。

二本件訴訟の争点について

1  原告は、本件売却による譲渡代金は小川によって横領された(大部分は訴外会社へ純金契約の代金として入金され、残金も着服、横領された。)ことを理由に、右金額は雑損控除されるべきものであると主張(請求原因2項、原告の反論)するのに対し、被告は、右金額は詐欺等による被害には該当するとしても、横領による損害には該当しないから、雑損控除すべき場合に当らない旨主張(被告の再反論)するので、この点について判断する。

2  原告の反論1項のうち、原告が大正三年三月一六日に出生したこと、同3項(一)のうち、小川が原告に対して純金契約の締結を勧誘し、その代金に充てる目的で、原告から同人所有の本件土地を売却し、その譲渡代金を受領する権限を付与されたこと、同3項(三)のうち、小川が、本件売却による譲渡代金をもって、前後三回にわたり、純金契約を締結させ、その代金合計として金五二三万九七四〇円を訴外会社に入金したこと、並びに被告の再反論3項(一)のうちの(1)ないし(3)及び同項(二)のうちの(1)ないし(4)の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 原告は、大正三年三月一六日に出生し、昭和五六年ころまで和裁の仕立ての仕事をしながら、県庁へ勤務していたなつ子と同居生活を送っていたものであるが、一〇年前ころから、近くに居住する訴外杉浦某から教えられて株式の売買による利殖に興味を抱き、新聞や会社四季報を読んで研究したり、同人と相談して土地(本件土地及び岐阜県内の山林)を買い入れたりしたことがあった。

もっとも、原告は、同五一年五月ころに交通事故にあったころから、物忘れがひどくなったが、日常生活に支障を来たす程度には至らず、なつ子の給与や退職金を含めた一切の金銭の管理を行い、生活費ももっぱら原告が所持する数万円の現金の中から支弁されていた。

(二) 訴外会社の金山支店に係長として勤務していた小川は、昭和五九年六月初めころ、電話で面会の約束を取り付けた原告方を訪問し、訴外会社のマニュアルどおり、原告に対し、金は現金と同じである、金は値上がりするなどと述べて純金が投資の対象として有利であるかのごとき説明を行い、訴外会社から純金等の現物を買い入れるよう勧誘し、さらにその数日後、小川の話を信用した原告が右支店を訪れた機会に、かねての手筈どおり、上司である課長、次長らが、購入した純金を訴外会社に寄託すれば、その対価として高利の利息を受け取ることができる旨虚偽の事実を述べ、現物売買に代えて、純金契約の締結を勧誘し、この旨誤信した原告の承諾を得て、同月六日から、原告名義ないしなつ子名義をもって数百グラムから数千グラムの単位で頻繁に純金契約を締結し、その代金名下に数十万円から千数百万円の金員を訴外会社に入金させた。

原告は、自ら預金を引き出したり、国債や株式を売却したりして右代金を工面し、現金ができたころに小川が訪れ、同人は、「純金ファミリー契約証券」と題する書面を作成してその交付と引換えに原告から現金を集金し、これを訴外会社に入金した。

(三) ところで、訴外会社は、当初から、わずかに見せ金として少量の純金等を備えおくだけで、締結した純金契約の契約高に見合う純金等を実際に買い入れ、保管することはほとんどなく、代金名下に集金した金員の相当部分は、異常に高率の歩合給(小川の場合、一月の売上高として金四〇〇万を越えた部分の一二パーセント。)の支払と、ことさらに豪華に見せた支店、営業所の設備費用等に費消され(売上高に占める販売費及び一般管理費の割合は、訴外会社の営業年度によっても異なるが、最低でも五三パーセントを超え、平均して七一パーセントであり、末期には一八八パーセントにも達している。その中で、特に従業員に支払う給与の占める割合が高い。)、関連会社の行っていた事業も、収益を挙げる段階には至らず、いわば顧客から集金した代金を食い潰すだけで、倒産必至の状態であったため、期間満了ないし中途解約を理由として顧客から金員の返還の申出がなされた場合には、破綻の時期を遅らす目的で、これを阻止ないし妨害する専門の部門も用意されているなど、全体として営業そのものが、犯罪行為と評され得るものであった。

(四) 小川は、昭和五九年九月ころ、原告が本件土地外一筆の土地を所有していることを知り、これも純金契約の代金に充当させようとして、顧客の中には土地を売却して資金を作り、純金契約を締結している者がいるなどと述べて、右土地を売却するようほのめかし、小川を信じ切っていた原告をして、その売却及び譲渡代金をもって純金契約の代金に充てることを決意させ、詳しい取決めをしないまま、その手続一切を委任する趣旨で小川に登記済証二通を預託させた。

(五) そして、小川は、右登記済証を本件土地付近の地理に詳しい部下の訴外斉藤某に渡して買主を捜してもらったところ、本件土地についてはたまたま土地を探していた相羽との間で代金五五〇万円で売買の話がまとまり、同年一〇月五日ころ、手付金一〇万円の授受が行われ、その後、所有権移転登記手続のために必要な原告の協力(委任状への署名、捺印や印鑑登録証明書の交付)を得て、相羽から残金五四〇万円の支払を受けた(右登記手続は、同月二二日に完了した。)。

そこで、小川は、譲渡費用金一六万六九七〇円を控除した残額を、同月一七日、一八日に各一〇〇〇グラム、同月二三日に二〇〇グラムの純金契約の代金(合計代金五二三万九七四〇円)に充当し、その旨記載された前記契約証券と残金九万三二九〇円を持参して原告方を訪れ、清算の報告と共に提供したところ、原告は異議なくこれらを受領した。

なお、岐阜県内の土地については、売却のめどが立たず、後日、その登記済証は小川から原告に返還された。

(六) 原告は、このようにしてめぼしい財産の大部分を訴外会社に注ぎ込んだが、その後も昭和六〇年二月ころまで、小川やその後任者である訴外松本信子の勧めに従って純金(白金)契約を締結し、結局、代金名下に訴外会社に支払った金員は、総額にして金五〇〇〇万円を超える額に達している。

しかし、訴外会社の会長が横死したことがきっかけとなって、訴外会社及びそのグループは全面的に崩壊したため、純金契約を締結した被害者や訴外会社の破産管財人らは、訴外会社の役員や従業員らに対し不法行為に基づく損害賠償請求や、公序良俗に反して無効であることを理由とする支払済歩合給の返還請求等の訴訟を提起し、勝訴を重ねているにもかかわらず、被害の救済は十分にできない状況にあり、原告の前記支払金もほとんど返還される目処が立たない状態である。

3 ところで、所得税法七二条は、その資産について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合、その一定額を所得から控除することを認めているが、課税行政の明確性、公平の観点からみて、右控除の事由は限定的に規定されており、かつ、同条に定める「横領」の概念も刑法上の「横領罪」と同一のものと解するのが相当である。原告は、この点につき、横領は所有者らとの間に信頼関係に基づく委託行為が介在し、刑法上も詐欺、恐喝と区別する理由に乏しいと主張する(被告の再反論に対する認否2項)が、損害発生をもたらす実行行為自体は、横領においては所有者の意思に関わりなく行われるのに反し、詐欺、恐喝などにおいては、瑕疵が存するとはいえ一応所有者の意思に基づいて財物の移転等が行われる点に差異が認められるので、両者を区別することに全く理由がないわけではなく(もっとも、上記所得税法七二条が災害、盗難及び横領の三事由のみに限定して雑損控除を認めることの立法論的な当否については、議論の余地があろうと思われるが、これは同条の解釈とは別問題である。)、何よりも類推ないし拡張解釈によってもたらされる課税行政の混乱を考慮すると、原告の右主張は、到底、採用することができない。

そこで、本件について小川の前記行為が横領罪を構成するか否かにつき検討するに、横領罪も領得罪としての本質を有する以上、その成立のためには行為者において「不法領得の意思」が必要であるというべきところ、この意思とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいうものであると解される(最高裁昭和二三年(れ)第一四一二号同二四年三月八日判決刑集三巻三号二七六頁参照)ので、したがって、委託の趣旨に反する認識を欠く場合には、たとえ当該処分行為が客観的にみて不当ないし違法であり、委託者に損害を与える結果となったとしても、横領罪を構成しないことは明らかであり、このことは、右委託の意思が行為者の欺罔行為によって形成されたものであるとしても、同様である。

これを本件についてみるに、上記認定のとおり、原告は、本件土地を売却し、その譲渡代金をもって純金契約の代金に充当することを小川に委託して登記済証を預託したものであり、現に原告は、純金契約の基本的内容を理解した上で、本件売却の前後にわたり、同契約を反復して締結してきたものであるから、小川は、まさに右委託の趣旨そのものを実現したにすぎないことが明らかである。

もちろん、純金契約は、前記認定のとおりの問題を包含するので、その法律的効力は無効ないし取消しの対象となるものということができ、そのような契約を締結することを内容とする委託の意思表示も同様の瑕疵を帯びるというべきであるが、横領罪の成否は右委託の意思表示の法律上の効力によって左右されるものではなく、それが事実上存在し、かつ、行為者の行為がその趣旨に反しなかった以上、他の犯罪が成立することはあっても、横領罪は成立しないといわざるを得ない。

そうすると、原告が純金契約の代金として訴外会社に入金した金員は、小川の横領による損失には該当せず、原告の所得計算上、雑損として控除することができないものというべきであり、残代金も原告に交付されたと認められる(もっとも、純金契約の代金に充当された後の残代金が横領されたか否かは、所得税法七二条一項に規定する控除額の計算方法に照らし、本訴の結論に影響しないものと解される。)ことは前記認定のとおりであるから、被告による原告の所得金額の認定は適法であって、これらが小川によって横領されたことを前提とする原告の主張は採用できない。

三結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官浦野雄幸 裁判官加藤幸雄 裁判官岩倉広修)

別紙物件目録

愛知県知多郡東浦町大字緒川字西地獄一番六二

山林 四一九平方メートル

別表(一)

本件課税処分等の経緯(昭和59年分)

(金額 単位 円)

項 目

昭和年月日

長期譲渡所得金額

特別

控除額

所得控除の内訳

差引課税

所得金額

(①-②-③)

所得税額

雑損控除金額

生命保険料控除金額

老年者控除金額

基礎控除金額

所得控除金額合計

確定申告

60.3.14

5,058,030

1,000,000

――――

―――――

250,000

330,000

580,000

3,478,000

695,600

更正の請求

60.12.2

4,994,197

50,000

5,624,197

0

0

更正の請求に対する通知

61.1.27

0

580,000

3,478,000

695,600

異議申立

61.2.19

4,994,197

5,624,197

0

0

異議決定

61.5.12

0

50,000

630,000

3,428,000

685,600

審査請求

61.6.10

4,994,197

5,624,197

0

0

裁 決

62.1.22

棄         却

(注)「差引課税所得金額④」欄の金額は、国税通則法118条1項の規定により、1,000円未満を切り捨てた金額である。

別表(二)

長期譲渡所得金額の計算

番号

項目

金額

(円)

譲渡による総収入金額

5,500,000

取得費

275,000

譲渡費用

166,970

長期譲渡所得金額

(①-②-③)

5,058,030

別表(三)

所得控除

番号

項目

金額

(円)

生命保険料控除金額

50,000

老年者控除金額

250,000

基礎控除金額

330,000

所得控除金額合計

(①+②+③)

630,000

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